次回ライブ

■次回ライブ■
2017年12月19日(火) 下北沢BIG MOUTH

2013年8月12日月曜日

音楽の色彩、ヒスイ色の絵の具おじさん

音楽に色彩をもたらすのは、和音の構成だと思うんですよね。一つ一つの単音にも色はあるんですけれど、「ド」とか「レ」とかっていう単音は、「赤」とか「青」といったような原色のようなもの。
じゃあドレミファソラシドを並べたらめちゃくちゃに色鮮やかな音楽になるかというと、そうではない。ちょっと専門的な話に踏み込むと、音楽には調性というものが基本的にはあって、毎日必ず帰るお家のような存在なんですけれど、そのお家の色や形が曲によって違うわけです。その曲の調性が「C」といって、とても「ド」の音を重視して作られたお家なのであれば、そのお家から近い音である程、原色に近い強烈な色になるんですね。つまり、調性が「C」の場合、「ド」は真っ赤っか、「ソ」は真っ青、みたいなそんなことです。

そういう音の絵の具を重ね合わせていくことで、音楽という一つの絵が出来上がっていくわけですが、最初に書いたように、その色彩を決定するのは、一つ一つの色の重ね合わせ方、つまり和音の構成ということだと感じます。

ドミソ、ミソド、ソドミ、ドミソド、ミソドソド…

この三つの音の組み合わせは理論的には同じ色彩を放つと言われている(ポップスの理論で言えばCコードというやつです)ものですが、音の重ね方、音の高さまたは音の高低差の間隔、そういった違いで全て異なる色表現となります。

三つの音の組み合わせだけでかなりのバリエーションが考えられますから、西洋音階で言えば音は12個、掛け合わせは膨大な数になります。さらにはそこに時間という概念が入ってくるので、1秒前に終わった響きと今出した音の響きとの関係性や混ざり具合なんかも、微妙な色彩表現となっていきます。もっといえば、その音が響く場所や空気にも影響されるので、完全に無限な色彩表現が可能なわけです。

これについては、倍音という可愛い音の妖精みたいなものが鍵を握っているんですが、それについてはまだ機会があれば。

とにかく長々と書いてきましたが要点は、この様に音楽において和音の使い方というのは、絵画における色の使い方と同じくらい、その人自身の個性を表すものだということです。

先日西麻布でのライブにお声がけして出演してもらったよよよゐ氏は、不思議な色の絵の具をいっぱいもっている人です。以前に一度ライブを観に行った時にそれをとても感じましたが、やはり今回もその不思議な色彩感覚をみせてくれました。

それはつまり、和音の使い方が独特なんですよね。和音の繋がりも独特。山の斜面とでもいいますかね、一つ所に留まることなく、グングンと斜面を歩いていく様に色彩はばら撒かれ、気付いた時には聞いているこっちの衣服までその色に汚されてしまっているという不思議な感覚。

井の頭公園の露天売り、胡散臭い見てくれの、そいつの売っている絵が恐ろしく綺麗なヒスイ色のモヤモヤだった時のハッとした気持ち、そんな感覚を味合わせてくれる音楽です。

是非、彼の絵の具バッシャーンを、みなさんに体感して貰いたいです。

それに対して、僕はquizmasterというグループで音楽をやる時には色彩感にこだわっていますけれど、1人でやる時には、かなりシンプルでミニマルな色使いになってきているかと思います。

前述の調性という名前のお家からそれほど遠ざからずに、鮮やかになりすぎない色彩で言葉を際立たせようとするのが、今の僕がやろうとしている事なのかも知れません。

自分が聞いて育ってきた音楽の影響のせいなのか、何故だか、ストーリーだてて理論的に次々に展開していく音楽的技法の中で、自分の自分らしい表現に行き着く事ができません。

その代わりに、繰り返される青の連続の中に、一点の赤を見つけた時に、言いようの無い恍惚を憶える自分がいるのです。

僕は自分なりにその感覚を追求していこうかと思っています。

8/9 juke joint西麻布
(solo)
虹、路地裏に
友達を教えてくれ
嘘っぱちナポレオン
代官山フルーツ事件簿
暗闇に火をつけて
(w/icon girl pistols)
ハートビートが転がってる
張りぼて警察官の死
正義の少年
モダンライフへようこそ
グッバイドーナツ自由の女神

2曲目の「友達を教えてくれ」という曲は書き上げたばかりの、11分に渡る長たらしい曲です。この曲の主人公の気持ちを代弁する意味で主人公の目線で歌う歌詞ですが、僕自身の思いだと誤解されたようで(笑)、今後この曲をやるときは、MCで誤解が無いように説明してから始めようと思いました。

次回ライブは明日13日火曜日、下北沢モナレコードにて20時半くらいに出演します。

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