次回ライブ

■次回ライブ■
2017年12月19日(火) 下北沢BIG MOUTH

2016年6月2日木曜日

「新しい国とTシャツとわたし」①(2005年台湾ツアードキュメンタリー再掲載)

林雨霖(リンウーリン)の運転する車に乗って、僕達は街へ繰り出す。
外は気まぐれに視界を濡らす程度の雨。
冬の東京に比べれば幾分ましではあるものの、肌寒いといって差し障り無い冷気が、旅疲れの僕らに添うようにしていた。
丁度台北は祭りの期間だということで、アジア特有の薄くくすんだようでいながら賑やかな、如何わしくも華やかな電飾が、大通りを分断する木々を色付けていた。

時間はもう夜の10時に近くなっていたように思うが、街はこれから動き出すかのような熱を帯びているように見えた。
それはアジアの国々が本来持つべきエネルギーを、当然のように溢れかえらせているだけなのかも知れない。
しかし東京の追憶に、似た様な映像を重ねられないのは僕だけなのだろうか。
その時僕は今回の旅が、僕らが、ひいては日本人が失った何かに出会う旅になるかも知れないと感じていた。あくまで暗喩的にではあったけれど。


彼の運転で「ノルウェイの森」という喫茶店に着いた頃には、雨も渋々といった感じで夜の闇に潜んでいった。
その店は先程までの街並とは一風変わって、落ち着いた灯りを軒先きの小さな路地に落としている。
ここは林雨霖が日本滞在時から良く話に聞かせてくれた喫茶店で、そのオーナーとも観光来日の際に2度程会ったことがあった。

店の名前がビートルズの曲名からとられたものであることは予想に難くないが、オーナーの本意は村上春樹氏の同名小説からの引用ということだそうだ。
台湾では自国作家の小説に人気が無く、欧米の作家のものが良く読まれるらしいのだが、そうした欧米の作家に通じる作風の村上春樹氏の作品も大変人気だということで、後に訪れた書店でも新作が特集されるなどしていた。
勿論オーナーは偉大なるバンドへの敬意も合わせて命名したというのだが。

店内に足を踏み入れるとまず、近代的でいて暖かい雰囲気のBGMが心地よいボリューム感で耳に入ってきた。
白を基調としているのに嫌らしいミニマリズムを感じずにすむのは、「森」らしくアクセントになっている緑と茶色の内装が飛散しようとする白を捕まえているからだろうか。

そこでオーナーと久々の対面を果たす。
林雨霖によれば、40代ということだが、東京で出会った時よりも随分と若々しく見えた。言葉の通じない者同士だけに自然と表情に微笑みが浮かび、握手に力がこもる。
こういう時に喜びを伝え合う手段を動物はしっかり持っているのだ。
よく来たな、元気にしていたか、沢山の台詞がその大きな手から伝わってくる。

彼に促されるようにして席に着くと、店にはすでに多くの若者が居る事に気付いた。
様々な出で立ちで彼等は思い思いの時間を過ごしていたが、皆一様に真剣にその休息を、思考を、会話を楽しんでいた。
音楽は決してその邪魔をしない形になって彼等の周りを流れる。
そこには如何なる倦怠も存在しないようだった。
本を読む女性も、手を取り合って語り合う男女も、音楽を聞いているだけの風な少年も、誰からも一つの不満も感じられなかった。
果たしてこれはこの「ノルウェイの森」のみが成し得る魔法なのか、それともこれがすでに日本と台湾の違いなのか。

少なくともそこに広がる空気は、僕達が日本で感じる事の出来ないものであったことは間違い無い。
完全に独立した個人でありながら、全くの他人という概念が存在しない状態とでも言おうか。

そんな事を考えながら、僕達はシンプルなコーヒーを飲んだ。
先に店に来ていた林君の友人がテーブルに加わり、彼の流暢な日本語に導かれて欧州のサッカーと、自殺した韓国人女優について語り合う頃には、僕はすっかり国籍を無くした誰かになってしまっていたように思う。
そして浮かび上がった僕をシャボン玉のような透明が、日本人という意識の変わりに包むその感覚は、とても心地の良いものに感じられた。

12時をまわって、閉店間際にオーナーは僕達のCDをかけてくれた。
突如耳に飛び込んできた自分達の曲に、僕のシャボンは割れて、僕は席についた。
目を閉じると少し瞼が熱い。
台北の夜はこれからだというのに。

0 件のコメント: