次回ライブ

■次回ライブ■
2017年12月19日(火) 下北沢BIG MOUTH

2016年6月11日土曜日

「新しい国とTシャツとわたし」④(2005年台湾ツアードキュメンタリー再掲載)

初めて入ることになった外国のこのスタジオを、分かりやすく説明する方法がある。
日本におけるカラオケボックスにギターとドラムを置いて想像してもらえれば、それが僕達の置かれた状況であった。
薄いガラス扉は、およそ音楽スタジオには似つかわしく無い、軽薄なノブで開閉できるようになっていて、申し訳程度に中央部だけがセロファンによって視線の侵入を拒んでいたが、中の音は軽々と扉を越えて外に漏れだしていた。まさしくカラオケと同様に。
個人練習用の小部屋が幾つもあり、その奥にパーティールームよろしく、バンド練習用の若干大きめの部屋が用意されていた。

僕達が通された一番奥の部屋は、ガラス張りで外界に開かれていて、ビルの五階に位置する僕らの視点からは、それなりに活気の残る交差点と薄汚れたネオンを見下ろすことができた。
小雷によると、この辺りは日本でいう渋谷・原宿なのだという。
なるほど、このスタジオにミラーボールが付いていたならば、僕が渋谷の宇田川交番前辺りで見上げていたのは、この部屋だったのかも知れない。
要するにそういう雰囲気の街角で、そういう雰囲気の部屋だった。

見た事もないアンプや、整備されていないドラムセット等にひとしきり不満を言いつつ準備をすすめていくも、実際に日本から来た楽器達が欠伸とも何ともつかない声を挙げ始める頃には、僕達はすっかりこの雰囲気を気に入っていた。
台湾の機材状況は林雨霖から前もって聞いていたし、この旅では細かい事を気にしている訳にはいかないという暗黙の了解が、メンバー全員の理解だった事は確かだが、それよりも異国の地で音楽を演奏することが現実になった実感と、台湾の渋谷を見下ろしながらの開放感が、僕達の精神状態に良い作用をもたらしたのだった。

各自楽器を持ってスタンバイすると、小さな耳鳴りのようにずっとバンドにまとわりついていた緊張感が消えたようだった。
部屋の隅に座っている小雷にも、今まで何をするにも自分に頼りっきりだった5人が、少しは頼もしく見えたのではないだろうか。
できればそうであって欲しい。
とにかく、最初の聴衆は女の子一人。僕達はチューニングを済ますと「その男、裏表アリ」を始めた。

実際の所は、スピーカーの位置のせいか、それともスタジオの環境のせいか分からないが、歌声はいくら張ってもボワボワと膨らむばかりでよくモニターできなかったし、ドラムの音も本来の効果の半分くらいの軽さで、部屋の中を跳ね回っているような感じだった。
日本のスタジオで同じことが起これば、まず誰かの集中力が切れて、その1日は取り返すことのできない、険悪さを生み出していた事だろう。
しかし不思議な事に、今ここでそうしたことを気にする者はいなかった。
「その男、裏表アリ」は日本での最後のライブにも間に合わなかった程新しい曲で、まだ展開すらおぼつかなかったが、チグハグな演奏ながらも僕達の熱はどんどん上がっていった。

鍵盤が必要になる面倒な曲を除いて、「考える人」「新しい国」「鼠」と、ギターナンバーを次々演奏していくにつれて、僕達は本当に普段の調子を取り戻したし、後になって思えば、この時点で既に東京の僕らを乗り越えてしまっていたのかも知れない。
ただ演奏する事が楽しかった。
誰の目を意識する事無く、音楽の中にいることが喜びだった。
小雷も座りながらも、足を動かしてリズムをとってくれていた。

日本のライブハウスで僕らの演奏の僕ら自身の判断基準、それは何とも言えない窮屈な(人口密度という意味ではなく。残念ながら)雰囲気の中で、せめて聴いている人の足や、体の一部分だけでもリズムに乗っているかどうか、であった。
体が反応するということは、好き嫌いは別として、確実に音楽が一旦その人の体に入った事を意味する。
だから僕達は小雷がそうしてくれている事にとても安心した。

その頃にふと窓の外に目をやると、大通りを挟んで斜向かいにある建物に組み込まれていた時計が見えた。
もう22時まであと10分少々となっていた。
僕はあまりにも時が経つのが早いように感じて思わず、あの時刻は正確かどうか小雷に訪ねた。
そしてそれが正しいと分かると、僕は思い出した。
きっと1976はもうすぐスタジオに入って来て、僕らの演奏を聴きたがるだろう。
僕はまた少し構えたような気持ちになりはじめたので、それを振り解くように1曲ずっと目を瞑って「光の輪」を歌った。

そして残り5分となったところでもう一度確認の意味で「新しい国」を演奏していると、曲が第2ヴァ−スに差し掛かった辺りで、僕の視界の端が感じていた、あのカラオケ的なガラス扉に、人影が現れたのだ。
申し訳程度のセロファンが思ったより効果を発揮して、それが誰なのか分からない。
林雨霖なのか、それともまだ1度も会った事のない他のメンバーなのか。

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