次回ライブ

■次回ライブ■
2017年12月19日(火) 下北沢BIG MOUTH

2016年6月16日木曜日

「新しい国とTシャツとわたし」⑥(2005年台湾ツアードキュメンタリー再掲載)

2回目に降り立った地下社會は、暗く湿っていて、賑わいも無く、今だ微睡みの中に居るかのように、重い動作で僕達を受け入れていた。
あるいは僕達がその様だっただけかも知れない。

リハーサルは16時からだったとはいえ、前日までの疲労を引きずる僕達と、今朝も陽が昇るまで起こされていたであろうこの箱には、共通した沈鬱さが覆っていた。
おまけに天気は一向に変わる気配をみせなかったので、危うく僕達は、こちらの様子を伺う店のスタッフの事も気に留めず、その場に座り込んで無駄に時間を逃がしてしまうところであった。

机や椅子が奥に寄せられた会場は、一昨日の雰囲気とは変わって、従来のライブハウスの趣きを感じさせる。
スタッフが黙々と作業を進めているが、如何せん段取りが分からない。
PAを努めてくれる女性と何とかコミュニケートすると、未だスピーカー等の準備をしているから待っていてくれとのことだった。
この女性は元「LADY BUG」のギタリストであり、今は自らのインストゥルメンタルバンド「VARO」を率いて活動している。
丁度この3時間後に、彼女のバンドの曲がイギリスのインディチャートの上位10曲に入ったという朗報が飛び込んで来て、林雨霖なども大いに喜んでいた。
彼女のバンドのCDは後に聞く機会があったが、シカゴ一派の影響も感じさせるクールさを持ちながら、難解すぎないリズムが聞くものを引き摺っていくような、しっかりした作品だった。
こうした音楽にありがちな、音色やフレージングに実験色を強めるばかりで、芯の強さを忘れてしまうといったような、そんな愚かな過ちは犯すはずも無かった。
この国の人々が音楽をやるのには確固たる理由がある。その時点で日本の音楽シーンの何倍も洗練されている。

遅れて到着した小雷に相変わらず通訳をしてもらい、会場の準備も整ってきたようなので、リハーサルを始めることにした。
とはいえ、何といっても非常に狭いステージなので、機材の配置を調整して立ち位置を決定する頃には、もう17時を回っていたように思う。
キーボードスタンドに至っては、本体の重さを支えることが出来なかったので、手ごろな高さ(といっても何とか演奏できるという意味で、普段あり得ない姿勢にさせられたのは写真を見て頂ければ明らかだと思う)の椅子を2つ使って、その上にキーボードを設置することになった。
キーボードに角度をつけて置く事は出来ない。故に、ピアノの曲では完全に横顔で歌うことになった。
それでも配置が決定し、各楽器が音を出し始めると、前日のスタジオ同様にメンバーの顔も上がるようになってきた。
演奏中もそうだが、僕らは余裕の無い時に下を向いてしまう。
臆病になって隠れるというよりも、各々が状況を改善しようと努めすぎて、思考の森に迷い込んでしまうのだ。
悪い時のスタジオでも、ライブでも。しかし今日はそれを危惧する必要は無さそうだった。
皆、使い慣れない機材に閉口し気味だったが、自分達の曲の事を思い出せば、そこには音色や環境に左右されない絶対性を追求した結果があり、どんな状況であれ、それを演奏することは僕達に自信を与えてくれるのだった。
僕らは今までに幾度も幾度も話し合って、やっと最低限の威信を掴み始めたのだ。



各々の楽器の大体のバランスが整った。
日本でならここからPAの指示の下、ドラム、ベース、ギター、ボーカルといった順で音量のチェックをしていき、了解が出たところで曲を合わせながら調整する。
けれども、今この状況に出しゃばってきた不必要な沈黙は、彼女にではなくて、僕らに何かを求めていた。
こちらもその頃には台湾の雰囲気に少し慣れてきていたので、日本的な細かい段取りが無いだろう事は、すぐに分かった。

僕らはなんとなしに曲を始める事にした。
ギター3本のバランスを整える為に「新しい国」を何回か演奏した。
僕の足下に置かれたスピーカーが唯一のモニタースピーカーであり、後は生音でバランスを整えるしかない。
つまりは広いスタジオの端に寄って演奏しているのと同じ事で、ジャズバンドの様な形態ならまだしも、電気で幾らでも音量の調節ができてしまうロックバンドにとっては、どこで何を正しいとするかが非常に難しい判断となった。
一応信じられるのはドラムの音量という事になるのだろうが、僕らの直ぐ目の前で背中を向けている、聴衆用のスピーカーから聞こえる音か、足下のモニターからの音なのか、はたまた壁に跳ね返って増幅されただけの音なのか、いまいち良く分からない。
何しろ僕らのステージは高低差という特権を与えられていないものだから、そこは客席と言ってしまってもよかった。
だから一つの楽器が音量を調整すれば、雪崩式に、他の楽器も調整を余儀無くされた。適切なものが何なのか分からない。
ボーカルはこれ以上モニターしようとするとハウリングを起こす程に返ってきているのだが、僕の耳には不鮮明だ。

それでも何とか外と中のバランスを計りながら、ギターの曲を幾つか試し終えると、時間はもう18時半位になっていた。既にリハーサル開始時刻から3時間少し経っている。
徐々に集まり始めた他のスタッフや1976のメンバーに対しても、少々申し訳ない様な気分になってきた。
このリハーサルは僕達だけの為に行ってくれたものであり、ここをホームとして演奏し慣れている1976や、他のバンドはいつもリハーサルなど行わないという。
僕達は未だギターのバランスにも納得のいかない点があったが、それを切り上げ、急いでピアノ曲の準備にかかった。
これも日本の会場の様に一々音出しなどすることなく、打鍵すれば直ぐに音が鳴るようになっていた。
例の、膝上辺りの高さに設置されたキーボードの前に座り、完全に真横の壁を向いてマイクに声を通してみる。

すると、さっきまでの不鮮明さが嘘の様に、僕の耳に僕の声が届いた。
僕が鍵盤の準備をしている間に一度メンバー達はステージを離れたので、勿論他の楽器が鳴っていないことも理由なのだが、ここにバンドが加わっても、聞こえなくなることは無いという確信が持てるくらいの、絶対的な感覚だった。
ピアノの音も思った通りの感覚で僕のタッチを耳に届けてくれていた。
僕は本当に覚えていないのだが、知らない内に「The United Forces」を最初から歌い始めていた。
リハーサルではいつも省略する弾き語り部分を終えて、バンドが飛び込んで来る筈のイントロ部に差し掛かって、僕はこの曲を一人で演奏していることに気付いた。
それほどに心地の良い音響が僕を包んでくれていた。
おそらくこれは他のメンバーも感じられなかったものではないだろうか。
ちょうどあのポイントに、地下社會に広がるエネルギーの集合場所があったのではないかと思わせる、そんな体験だった。
ワンコーラスを終えて、間奏も半ばに差し掛かると、他のメンバーもその雰囲気を感じてくれてか、各々の楽器を奏で始めてくれた。
僕はこの歌を歌う事があまり得意では無かった。
3年くらい前に作った曲なのに、未だに自分の所にやってきてくれていない気がしてしまっていたのだ。
一人で練習する時も滅多に歌った事は無い。それが、何故かここでは歌いたい衝動に駆られていた。

そこには林雨霖や大麻などが居たからかも知れない。
仲間との強い信頼があったからかも知れない。
あるいはこの場所の魔法かも知れない。
しかし、いずれにせよ僕はこの瞬間にこの憎たらしい曲を自分の物にした気がしていたし、コーラス環境の問題で、代替案の「和音」をやり終えた後も、「The United Forces」に対して得た感覚は塗り変わらなかった。
そういう訳で、僕個人としては最高の形でリハーサルを終えることができたが、その頃は既に19時を回っていたかと思う。


またしても小雷が教えてくれた素敵なラウンジカフェの様なところで、僕達は最後の一息を入れる事にした。師大路の猥雑な道端にあるとは思えない、西洋と東洋が嫌味なく溶け合った、落ち着いた素敵な店だった。
店員の女の子は清楚で可愛らしく、僕らに中国語を秘密の花園での合言葉のように思わせる。
案内された、座敷き席の様に靴を脱いでくつろげる個室は、ライブを2時間前に控えた僕達にとって、全てはあるべき所にある、と言わんばかりの正しい空間だった。
ここを選んだ小雷の手腕はそれこそ見事としか言い様が無いが、そんな彼女に手伝ってもらって、グッズ販売の中国語案内を作る。
MC用の中国語を教えて貰うと称して、関係のない話題を繰り広げる。
その中で他のメンバーはどうか分からない。
しかし僕は明らかにナーバスになっていた。
ここまでは林雨霖、小雷に手伝って貰って、なんとか日本でのライブに近い手順でやってくることができた。
しかし、後1時間少しすれば僕らは、言葉の通じない同世代の若者達の前に、この5人だけで立つ事になるのだ。
しかも日本での様に30分をやり過ごせば、こちらが傷付いて終わるだけ、という生易しい状況ではない。
僕らが勝負を求められるのは1時間強であり、明日以降2本のライブがあり、その機会を用意してくれた1976の体面もある。
つまりこれから始まるのは完全なる本番で、疑い無く求められるという意味ではプロフェッショナルとしての仕事であり、言葉の壁を越えるという意味において、完全な音楽でなければならない。
一昨日の晩に感じたあの震えが、また僕の芯を揺らす。
手が冷たい汗に包まれて、拭おうとしても拭えない。
何か話をしなければと思う。話題は何でもいい。
兎に角僕に息継ぎをさせてくれる何かを。

その時小雷の携帯が鳴った。
電話の主は地下社會に居た林雨霖だった。
小雷が本領を発揮するように早口の中国語で何かを喋っている。
すると徐に彼女は電話を切り、こちらに向き直って、確かにこう言ったのだ。
「会場の外にはもう沢山行列が出来てイマスから〜、もう少しデ戻ろう」
僕の胸を打つ音が強く、速くなる。

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